スポンサーサイト

--.--.--(--:--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。





スポンサー広告 トラックバック(-) | コメント(-) | [EDIT]

毛皮協会の言い分

2010.11.30(16:07)

あゆ、セミヌード初挑戦!手ブラショット
http://www.daily.co.jp/gossip/article/2010/09/20/0003454020.shtml

浜崎あゆみさんにもNO FUR宣言してほしいな

本当の美しさは、内面が一番。弱いものを大切に思う心を持ってない人は美しくないな。





日記より↓↓↓


本日から動物愛護週間である。動物の愛護と管理に関する法律に規定された愛護動物だけではなく、名前からして、犬猫だけでなく、全ての動物を愛し護ろうという一週間であることを望みたい。時期がらと言うこともないのだが、毛皮問題について書いて見た。毛皮協会の言い分に反論するという形をとってみた。

**********************************************************************
b)地球環境保全のために、生態系のバランスを保つ
最近、猿やタヌキが異常に繁殖して、農作物を食い荒らすなどという報道が目立ちます。地球の都市化や農場化が野生動物の生息地を狭め、その結果、動物達はえさを食べ尽くしたり、病気で絶滅したりしています。クマなど、種によっては人間や家畜を襲うものすらでてきました。
地球上のすべての動植物は、食物連鎖の形でバランスを保っているので、ひとつの種が増えすぎれば、そのまわりにいるすべての種が多大な影響を受けることになります。だからこそ、生態系のバランスを保つためには、人間の英知による管理(=間引き)が必要です。そしてそれが、真の自然保護にもつながるのです。適正に捕獲された野生動物を、自然の恩恵として上手に活用すること、これが「自然資源の保持・持続可能な有効利用」といわれるものです。私たちが活用している毛皮という素材は、こうした‘自然が人類に与えた恵み’なのです。
**********************************************************************

要約すると、地球の都市化や農場化が野生動物の生息地を狭め、その結果、動物達はえさを食べ尽くしたり、病気で絶滅したりしています。そして増えすぎた動物がいれば、バランスを取るために間引きして殺してしまえということになろうかと思います。

毛皮協会に言わすと、動物を絶滅させたり食べ物を無くさせたりすること、そして増えすぎた動物を殺すこと、これが真の自然保護なのだそうだ。ほんとうに、真の自然保護とは人間が自然を脅かして、生態系を壊して、さらにその上に殺して、バランスをとることなのだろうか。

そうではなく、生態系を壊すことなく人類が発展するようにする事ではないのだろうか。さらに、野生動物が必要もないのに殺されることが「自然が人類に与えた恵み」なのではなく「人類がが自然から無理やり苦痛を与え奪い取った物」、それが毛皮の正体なのである。




*********************************************************************
c)養殖動物の活用について
人間は、天然資源を枯渇させないために、自然の産物を人工的に生産する方法を産み出しました。それが養殖技術です。いまでは、家畜のウシやブタ、生簀(いけす)で飼われるハマチやウナギなど、あらゆるものが人の手によって産み出されています。毛皮もそのうちのひとつです。
また、毛皮養殖は、北欧や東欧など、気候条件の厳しい地域に適した重要な産業となっています。養殖にあたっては、動物福祉を最優先し、国際・国内・地方等の法を遵守しています。また、与える食物には、本来ならば捨ててしまう人間の消費に供されない肉産業の動物副産物を効率的に使用し、食物リサイクルを支えています。排出物は有機的な肥料を、ミンクは、低アレルギー性の石鹸・ヘアー製品で使う油脂を供給しています。

2.“土に還る天然素材”です
毛皮は、石油から作られる石化製品と違って、土に還る天然素材です。地球環境に優しい素材の毛皮は、今後リサイクルシステムが進んだとしても、活用されていくでしょう。

3.“もったいない”を実践しています
毛皮の活用にあたっては、無駄に使うことはなく、捨てるところはないと言っても過言ではありません。小さなパーツは、剥ぎ合わせて布状の毛皮の生地(毛皮用語では、プレートと呼びます)に仕立て直します。(下記写真参照) 
製品になっても、同じ種類の皮を継ぎ足したり、他の素材を加えたりするサイズ直しのリフォームをはじめ、コートをストールやバッグ等全く別のアイテムに仕上げることもできます。
‘最後まで使い切ること’ができるのが、毛皮です。
*********************************************************************

だから何だというのだろうか。そのことが罪もない動物に多大な苦痛を与えてそして、殺して毛皮を奪い取る事を正当化出来る理由になるとでも言うのだろうか。全部、自然主義的誤謬で話が終わりそうである。




*********************************************************************
2. 多様な意見・考え方が共存する世界は健全です
動物権利・愛護の立場から、皮・毛皮の製品(ベルト、靴、バッグ、コート等々)やシルク製品さえも持たない主義の方々がいらっしゃる事は存じています。どの様な事にも主義・主張・意見を持ち、自分を律するのは、とても立派な事だと思います。多様な意見・考え方が共存する世界は健全であると言えましょう。
しかし、主義・主張・意見は法律ではないのですから、他人に強要は出来ません。すなわち、異なる考え方、意見を持つ人が在る事を認める事です。
*********************************************************************

それは一概には言えないだろう。例えば、人を殺すのは良いことであると言うような考え方と、人を殺すのは良くないという考え方とはお互いを認め合う事などできないであろう。もっと言えば、「異なる考え方、意見を持つ人が在る事を認める」という考えの人は「異なる考え方、意見を持つ人が在る事を認めない」と言う考えも認めなくてはならなくなり、自己破綻する事になり、何の説得力ももたないことになる。だから、毛皮の場合、「異なる考え方、意見を持つ人が在る事を認める」という主張をする毛皮協会は、動物が毛皮という贅沢のために殺されるのは悪であるという立場も認めなくてはならなくなり、そうすると、毛皮の生産を縮小するか止めなくてはならなくなる。しかし口先では「異なる考え方、意見を持つ人が在る事を認める」といいながら、何の実行もしていない所を見ると大嘘つきであると言うことが出来る。




*********************************************************************
3.人間は、他の動植物の犠牲なくして生きる事が出来ません
人間は、他の動植物の犠牲なくして生きる事が出来ません。大切なことは‘生命あるものを犠牲にしている’という点を忘れないことです。作り手にとっても、またそれを使用する立場の人にとっても、‘ムダなく使う、大切に扱う’といった心があってはじめて許されるのだといえます。
*********************************************************************

人間は、他の生物を犠牲にしなければ生きていけないのは事実であるが、それを正当化するのには基本的に自己保存のために限られることになる。毛皮の場合は、人間が生きていくためには、多くの場合、全く必要のない物である。つまり、人間の虚栄心等の贅沢のために動物に多大な苦痛を与えて殺して毛皮を剥ぎ取っているのである。だから、他に安価な死体でないファッショナブルな選択肢が数多くあるのに毛皮を使う必然性は何処からも生まれ得ない。また、「‘ムダなく使う、大切に扱う’といった心があってはじめて許される」ということは人間に対して限られた資源を無駄にしないという意味で使われており、「許される」と言うことも人間に対して「許される」のであり、人間と同様に苦痛を感じて無念にも命を絶たれる動物への僅かな愛情すら感じられない言葉である。こうして殺される動物や、もし、その動物と同じ立場に立ったなら、それを受入れ同じ事がいえるのであろうか。少なくとも自分が逆の立場に置かれても、それを受け入れる事が出来ないのであれば、「許される」などと言えないだろう。




********************************************************************
なぜ毛皮を使うのか?
1.選択の自由、活用の権利
“ふわふわ”とした毛皮の感触、その優しい温もりは人の心を和ませる‘ヒーリング(癒し)’の効果があるといえます。超高齢化社会を迎えた今世紀に、身も心を温めてくれる毛皮は、その良さがいっそう認められていくでしょう。
また、土に還る天然素材である毛皮は、地球環境保全やエコロジーと言う観点から、最適な素材と言えます。日々の生活のなかで、毛皮を活用したいと思ってくださる方がいるのなら、その人の‘選択の自由・活用の権利’は誰にも奪うことはできないはずです。
********************************************************************

毛皮は人間が自己保存の為にどうしても必要でないものでないから、(死体に癒しの効果があるとは思えないが)癒しの効果あったとしてもや毛皮が土に返ったとしても、毛皮を剥ぎ取るために動物を殺しても良いという理由にははならない。また、我々は道徳上の問題として、毛皮に対して反対し、不買を進めている訳で、「選択の自由・活用の権利」と言うものがあったとしてもそれ奪い取っているのではない。




*********************************************************************
2.伝統産業を次世代に継承する
 毛皮はステイタスシンボルから、生活のなかで楽しむファッション衣料素材として、そして最近ではアクセサリー、バッグやインテリアなどその用途は多様性に富んでいます。これは、天然の風合いや機能性、耐久性といった特性を、多くの人々が認めたからです。毛皮にたずさわる私たちは、伝統あるこの生活文化産業を「持続可能な利用」を守りつつ、誇りをもって後世に伝えていきたいと考えます。
*********************************************************************

人間にとって、単に贅沢のために毛皮をむしりとられ、殺されていく動物たちの苦痛を与えるような「悪しき」伝統や文化は、廃止すべきであり、新たな動物の利用ではない、「人類全てに誇れる産業」に転化するべきであり、人間も動物も苦痛のない、差別のない、より良い文化を作り出し、新たな誇れる伝統として発展していくように、後世に伝えていくべきものであると考えるべきであろう。
スポンサーサイト





コメント
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://helpanimals2010.blog137.fc2.com/tb.php/89-42edb241
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。