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「死ななくてもよい人がご馳走のために死ぬのを見ては黙っていられない」

2010.11.28(10:27)

2010年4月24日の朝日新聞 be on Saturday(青色の方)にビックリする記事が載っていたそうです

3ページ左下「この人、その言葉」より転載


「死ななくてもよい人がご馳走のために死ぬのを見ては黙っていられない」
 三井物産創始者 益田孝(1848~1938)


食生活の欧米化は短命につながる。
いちはやく、それに気づき完璧な手を打った最初の日本人は、三井物産創始者益田孝ではなかったか。

益田は佐渡金山の地役人の子。
2歳で重い疱瘡をして虚弱で「とても長生きはできまい」といわれた。
しかし父の函館転勤を機に英語を学び、12歳で幕府外国方の通訳になり、江戸のアメリカ公使館に詰めた。

<西洋人と同じ物を食ってえらくなりたい>一心で公使館の牛肉を盗んで食べ西洋の味を知った。

2年後、ちょんまげ姿の幕府使節団と渡仏。
西洋文明に圧倒され(マルセーユに着いて、同じ人間でこうも違うものかと言うてみなが泣いた。)

そこで西洋料理を食べると、フランスの令嬢から「日本人も口から食べるのね」と言われ傷ついた。

洋食への目覚めの早かった益田は早くから豚を飼った。

ある日、重大な事実に気づく。

自分の残飯や甘藷(サツマイモ)を食わした豚は脂肪だらけ。
豆腐かすと魚のあらを食わした豚はそうならない。

賢い益田は「人間もやはりこの通りに相違ない、これは第一自分の食物を注意しなければ」と考えた。
<日本人の食べ物は世界中で最も適当の食物であり、また日本人の食物中でも百姓の食する粗食が一番無害で適当なりとの論に帰着>した。

それから益田は「ご馳走と聞いては強いて辞退」、粗食の弁当を食べた。

「働き盛りの若手が宴会に出るのはやむを得まいが、出るならその前に飯を食っておくこと」をすすめた。

「三井物産会社なぞでも、長く海外にいて肉食をするので、私よりも若い人が先に死んで行く」そう嘆いた彼は粗食と毎日6キロの散歩で90歳まで生きた。

(歴史学者 茨城大准教授)
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