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■ベジタリアンになる30の理由

2010.11.27(13:44)

■ベジタリアンになる30の理由

No.1 心臓病は、小さい頃から発症し始めるから。

No.2 ヴィーガンの食事は心臓病を抑えることができるから。

No.3 肉や乳製品、卵を食べることは、肥満につながるから。

No.4 子供に、何を食べているのかウソをつかずに済むから。

No.5 どの鶏肉のパッケージにも、ごく少量の糞が入っているから。

No.6 肉は、汚くて血なまぐさいから。

No.7 公平じゃないから。

No.8 どんな生き物だって、自分の家族が屠殺されるのを見たくないから。

No.9 肉は性的不能を引き起こすから。

No.10 自分の犬を食べたりしないから。

No.11 狂牛病はアメリカに存在するから。(PETA本部がアメリカのため。そしてアメリカにあるということは、私たちにも関係してくるのです。)

No.12 これは、私たちにも止めることのできる暴力だから。

No.13 誰も「殺し」で生計を立てる必要はないから。(屠殺業に関わっている人は心身共に病みやすいと言われ、また低所得者が働くことが多いから。)

No.14 心の狭い人間に弱い動物達を虐待させ、そしてさらに、小さい子供にもそれを食べさせることになるから。

No.15 どんな動物も、私たちの味覚の為だけに殺されることはないはずだから。

No.16 家畜のためではなく、飢えた人々に穀物を分け与えることができるから。

No.17 アメリカで使用される水の約半分が家畜を育てる為に使われているから。

No.18 肉を食べながら「環境保護家」とは名乗れないから。

No.19 彼らは私たちから身を守る術を持たないから。

No.20 動物達だって、苦痛を感じれば叫ぶから。

No.21 誰も死にたくはないから。

No.22 彼らも恐怖を感じるから。

No.23 どんな風にスライスしても、それは動物の体の肉だから。

No.24 「商売だから」は言い訳にはならないから。

No.25 囚人でさえ、こんなに狭い所に押し込められてはいないから。

No.26 鳥の羽は、人間が食べる為についている訳ではないから。

No.27 みんな自由が欲しいから。

No.28 魚を食べていては「ベジタリアン」とは言えないから。

No.29 「力が正義」ではないから。

NO.30 なぜなら、あなたはこれが間違った事だということを知っているから。




ヴィーガン-----

 肉 魚 乳製品 卵 すべての動物性食品を食べない人達

環境破壊の最たる肉食をつづけながら、

もう片方で環境保護を訴えるのはまったく矛盾している。


http://ecologist.jugem.jp/?page=1&cid=1



以下コメント転載


 動物に権利があるということに気がついた人は
 この30の理由を即座に理解できるはず。

 動物の権利を奪う人
 認めない人は
 この理由への反論を探し
 動物利用への自己肯定する理由を探すことでしょう。



 ヒトには自分に都合の悪い事実から目を背けたり
 見て見ぬふりをする機能が脳に組み込まれているのだそうです。

 自分にとって都合のよい理由を見つけることで
 自己責任から逃れたり
 自己防衛したりするんですよね。
 その安全装置を他者が奪い取ることはできません・・

 なので
 ○○さんのおっしゃるように

>>一握りの良識あるひとを見つけ真実をしらせる事

 という地道な活動をし続けるということになりそうです (--)


 ベジタリアンになって変化したことの中で一番多い意見が
 性格が優しくなった。
 心がおだやかになった。 とか ありますね。

 それとも、もともとその傾向の強い人が
 ベジタリアンになるんでしょうかね。

 人は他者(動物を含む)に優しく、いたわりをもち、思いやりと愛で
 接しなければいけないと 
 子供のころからいろんな場面で諭されてきているのに
 
 どうして、いつまでたってもこの世に暴力や虐待が横行するのでしょう。
 全てが自分との関わりであることに気がついてほしいです

 自分さえ楽しければそれでよい
 自分さえ嬉しければそれでよい
 自分さえ幸せであればそれでよい
 
 というのでは あまりにもお粗末すぎます。



 わたし 肉食をしていた頃
 魂は苦しんでいたと思います。

 動物への哀れみや情けが深いにも関わらず
 一方で肉食している自分に対する嫌悪と矛盾にね。

 当時 肉を食べない人の理由に
 と殺現場を見てから食べれなくなったということを聞いたとき
 わたしはその人を尊敬しました。
 
 それでも、、
 間違った栄養学に取りつかれていたわたしは
 肉食への盲信で 目を背けながら食べていました。

 スーパーの生肉売り場に貼り付けられている牛や豚、鶏などのパネルに
 涙しながら・・
 
 そして献立を作るときにはもう忘れている
 それは既にもう動物が断片肉になってしまっているから
 
 本当に都合よく忘れている。
 そんなわたしでした。

 そして、又、スーパーでパネルが目に入ると心が痛む。
 この矛盾。この『繰り返し』

 ですが、神様はわたしに難病というプレゼントをしてくださったのです
 本当に素晴らしいプレゼントをいただいたと思っています。

 おかげさまで、もう心の葛藤と矛盾に苦しまなくなり
 とても穏やかな心になれました。

 それからは
 畜産動物だけでなく、実験動物、毛皮動物
 娯楽の為の動物、その他人間の都合のために利用される動物達への
 関心が広がり現在に至るわけです。

 これはこころがズタズタになります
 アニマルライツに関わる人全てがそうでしょう。
 
 現実を知れば知るほど打ちひしがれます
 でも、この苦しみは
 動物達の苦しみの比ではありません。
 彼らは何も主張できず
 肉体的苦痛を死ぬまで与えられるのですから。

 そんな彼らを少しでも救いたいと思うのがいけないことなのでしょうか。

 
 カルト集団だとか
 変人だとか
 偽善者だとか
 すき放題いわれてもなお

 ただただ
 動物を守りたい
 動物の権利を代弁したい

 その純粋な気持ちが活動の源になっているということ

 それを知ってほしい。
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コメント
#



 いま、動物実験に関係するサイトを読んでいました
 各分野での動物利用の種類の多さに愕然としました。
 軍隊と宇宙開発のために利用される動物達をしったのは
 半年ほど前なのですがこれにもかなり衝撃をうけ
 いつか日記でとりあげようと考えています。
 ですが、
 かなりのエネルギーを消耗しますね。

 全世界には動物虐待にこころを痛める人間のほうが多いのです
 なのに
 どうして、それを許す人間のほうが多いのでしょう
 不思議です。

 隠された事実をしらないから?
 とはいわせません
 これほどインターネットが普及し
 どんな情報でも簡単に入手できる時代において
 しらないのは
 知りたくないからに過ぎません。

 そう、
 人は苦痛からのがれたい生き物だからです。
 その苦痛から逃れたいと望む人間が
 動物に苦痛を与えることを暗黙の了解で実行しています。

 なんということ。

 動物にも愛があり
 想いがあり
 感情があり
 目も鼻も口もあり
 食欲もあり
 喜びもかんじることができ
 寂しさも 苦しみも感じることができる

 人間と何処がちがう
 同じ

 同じなのに

 あの悲しみの目を見て
 殺せるのか
 あの怯える目を見て
 切り刻めるのか

 わたしは
 泣きながらサイト読んでいました。

【2010/11/27 13:45】 | helpanimals2010 #- | [edit]
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