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家族や友達なら助ける!イルカ猟反対!

2010.12.07(11:55)

■オランダの環境団体、イルカ用の網切断…太地町
(読売新聞 - 09月29日 19:48) http://hibikan.at.webry.info/201009/article_310.html


もしも自分の家族や友達が網で捕まってたら、必死で助けるよね。。
イルカはすごく頭がよくって人間を癒してくれているのに、、
イルカ猟を仕事にしている人が、他の仕事に転職しますように……


 ↓は八景島シーパラダイスの夜のイルカショーらしい。
32370803_570263658_89large.jpg

 「狭いプールで見せ物になって一生を過ごすなんて…嫌だよ…」

イルカショー 衝撃ハプニング映像
am name="movie" value="http://www.youtube.com/v/QauHZkp54kw?fs=1&hl=ja_JP&color1=0x234900&color2=0x4e9e00">
2010 8.25 城崎マリンワールドでのハプニング
その後、残念ながら獣医の処置も及ぶことなく、死亡に至ったそうです。

★イルカ猟反対の署名です★
ページ下のほうのオレンジ色の「今すぐ署名する」というバーから署名できます。
是非ご協力くださいましたら幸いです。
http://www.shomei.tv/project-1280.html


(注:署名後、登録のアドレスにメールが届きます。
メール内のURLをクリックして、署名完了となりますので
お気をつけくださいませ。)

映画「ザ・コーヴ」オフィシャルサイト
http://thecove-2010.com/

イルカ漁等に対する和歌山県の見解
http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/071500/iruka.html

日記より↓↓

イルカは雄大な海を一日何十キロも移動する動物だ。


それをこんな小さなプールでなんてあまりにも酷過ぎる。


芸なんてしたくないだろうしね。


ストレスで自ら呼吸を止めて、命を絶つイルカも存在する。


イルカがプールから出てしまってるのをたくさんの人が笑ってるし、怖い(--;)


仲間のイルカたちが、心配そうに集まってきた姿が何とも切ない。


2:45のところからでも見てみてください。
http://www.youtube.com/watch?v=pAHSMCsUfrE&feature=player_embedded


イルカは1頭何百万で売れることもある。
一攫千金、金のための命の売買。


イルカショー、アシカショー、水族館、動物園
いらない、必要ない。


当たり前に雄大な自然の中で、輝いて生きて欲しい。


おいらは動物展示に二度と行くことはないでしょう。 コメントより
2010年09月29日 21:26
さん

面白い意見ですね。
尊厳と言うのは手段としてではなく目的として扱えという、「本家」のカントの解釈で宜しいでしょうか。

だとすれば、イルカを殺したり、捕まえて売ったりすることは、誤りであると言うことになります。人間にも尊厳があるとされているので、殺したり、売ったりはできません。

しかし、友達になるのに近づく事や、イルカの自由意志で人間と遊ぶ事は、尊厳を考えても全く問題ないといえます。

>ドルフィンウォッチングと称して野生のイルカの生存域を侵略することも反対すべきと思うのですがいかがでしょう。

侵略すればいけないでしょうが、イルカに邪魔に(迷惑に)ならない程度に観察するのであれば尊厳を考えても問題ありません。

2010年09月29日 21:34
さん

>漁師さんの収入源を奪って生活面に負担を与える事になるので、「転職してほしい」と言うなら漁師さん達の納得のいく理由と転職先を斡旋してあげて下さい

別に誰もイルカ猟をしてくださいと頼んでいるわけではないですから、それに反対したからと言って、転職先を斡旋する義務はありません。


>頭数制限も守り、慰霊碑を作って供養をし、いさな組合の基準も厳しい ~伝統と文化を守って漁をしているんです

上記は全てイルカ猟を正当化出来る理由になっていません。



2010年09月29日 21:40
さん

>じゃあイルカならダメで牛や羊、豚ならOKなんですか?

全部ダメです。出ないと筋が通らないでしょ。


2010年09月29日 21:40


>昔から日本人は海豚を食しています。

だからといって鉄の棒で突き殺す事が良いことだとは言えない。


>食べるため、生きるためならなんら問題ないと思いますね。

フィットネスクラブが必要なぐらい飽食の時代に、自己保存の為とはいえない。


2010年09月29日 21:44
黒朧@副管理人修行中 さん

>イルカで生計をたててる方々を一生支援されるんですね、わかります。
>あと、毛皮取るなとおっしゃるならばイヌイットの方々にフリースを送ってあげて下さいね。

こちらが頼んで獲って貰ってるわけではないので、そんな義務は存在しません。

2010年09月29日 21:52
シャーさん

>理屈を教えて下さい。

人が人を殺してはいけない理由と同じ理由が動物にも当てはまるからです。

・周りに悪影響を与える。
・殺すときに多大な苦痛を与える事になる。
・将来、出会うであろう快苦等の機会を奪う事になる。

この理由で人間を殺すことががダメであるなら、当然、動物を殺すこともダメだという事になる。

これは人間にも動物にもバイアスのかからない公平な論理だという事ができる。

(特に先進国の)人間は動物を利用しなくても生きてゆける。また、その事を知っている。
つまり動物を利用しなくとも、人間の生活がより悪くなるわけではない。いいかえれば、贅沢のために利用しているにすぎない(正し、発展途上国やどうしても動物を利用しなければ生命の維持が困難な状況の人間は除く-自己保存の本能のためと言う理由)。そうすると動物を利用する合理的な理由はないことになる。

過去から続いてきた習慣・伝統・文化は過去においては人間の生命の維持について必要であったから存在するのではないだろうか。では、現在ではどうだろうか。(特に先進諸国では)今やフィットネスクラブが流行するぐらいに豊かな飽食の時代を迎えているのではないだろうか。人間は雑食であるといえる(歯の形状からすると草食動物に近い)。また、多くの人は食べ物を自分の意思で肉食かそれ以外か選択できる(もし肉食が必須であればベジタリアンなど存在できないだろう)。他の動物の利用も同じ事がいえる。にもかかわらず過去から続いてきた習慣・伝統・文化と言う理由で動物を利用する事は正しいという価値判断は下せるのだろうか。(もちろん、人を殺すことを厭わない人間はこの限りではないかもしれない)。

このことで、動物利用を正当化しようと思えば「動物であると言うどうする事もできない理由で差別化する」しかない事になる。しかし、差別がダメだという人はこの差別原理を使わないだろうし、使えないだろう。だから人間の動物の利用は理論的には明らかにおかしい事となる。だが、このことを誰も考えようとはしない。これが一つの大きな問題だと思う。さらに、この差別原理が人間の社会においても多くの苦しみを生み出す事になっている。

2010年09月29日 22:30


他人の食文化とは面白い言い方だけど、一応、人間を殺してはいけないのと同じ理由でイルカを殺すのは良くないということを言っているだけです。つまり、食文化だの伝統だのの問題ではなく、それ以前の問題を提起しているわけです。

2010年09月29日 22:34
また植物がよくて動物は食べたらダメなのか?の愚問ですか…もっとマシな質問できませんか?あと、食文化に口だしするな…はこれもまた馬鹿な意見ですね。じゃあ動物たちがどうくらそうが、何を食べ、どこで暮らすかも口だしせんでほしいな。


2010年09月29日 22:37
>

強制なんかしておられません。苦痛の程度が違いますね。イルカを殺して食べる文化がいいのなら人間を食べる文化の場所に行って食べられてみて下さいね。

2010年09月29日 22:39
シャーさん

例えば、生きているということに基準を置いた場合、生物を食べる事は出来なくなるように見えますが、自己保存ということが最優先だから(普遍妥当だといえるでしょう)、他の生命を奪って生き延びる事は否定できないと言う事ができます。しかし、他の生命を奪うのであれば苦しまない存在を選択するほうがより良い選択であるといえます。何故なら、人間も動物も苦しむ事が出来るし、双方ともそれを善しとはしないためです。苦しまない生物といえば、脳や、神経のない生物と言うことになります。その主な生物が植物であると言うことです。(自分がどうしても人を殺さざるを得ない状況のときで1人殺すか10人殺すか選択を迫られたとき、より被害の少ないほうを選択するような、相対的な最悪回避原理?のような考えです)

苦しむ事ができる存在への配慮という所に基準を置いた場合は脳や中枢神経のない、つまり苦痛を感じない存在である植物を食べたほうが合理的だといえます。理由は上に書いたことと同じです。
また、植物だけでも生きていけることは、多くのビーガン(厳格な菜食主義者)が存在する事で、証明できますし、最新の情報はアメリカ栄養士会の推薦まで受けています。
Vegetarian Diets
Volume 109, Issue 7, Pages 1266-1282 (July 2009)
http://www.eatright.org/About/Content.aspx?id=8357

だから、自己保存が最優先されるが、苦しむ事(痛み・精神的苦痛)を善しとしないと考える人は、苦しむ事のできる人間も動物も殺せないだろうということになります(但し、緊急避難と正当防衛を除く)。

2010年09月29日 22:41


人間は食物連鎖外ですよ。
上に、何を食べるのが合理的か書いてありますので読んで見て下さい。

2010年09月29日 22:52
イルカは鉄の棒で突き殺されているわけですが、公平なな立場から見るとどう見えるかを思考実験してみました。

罪もない「動物」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「犬」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「猫」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「牛」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「豚」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「イルカ」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「黒人」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「女性」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「日本人」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「韓国人」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「ユダヤ人」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「太地町の漁民」を突き殺す事はよいことだ

上記の理論「罪もない「○○」を突き殺す事はよいことだ。」は私にとっては
全てが誤りだと思います。

2010年09月29日 22:54
Maria della morte さん

「・将来、出会うであろう快苦等の機会を奪う事になる。」と言うことです。
この辺りは人間と同じ事がいえます。

2010年09月29日 23:05
サム・チャンさん

需要がなくなって職を失うのは、漁師さんに限らずどの職業でもあります。
時代は変化していくので、人々の意識が変われば必要な職業も変わりますが、それは消費者や個人の責任ではありません。
「転職してほしい」と思い日記に書きますが、転職先を斡旋する義務は私にはありません。

漁師さん達の声がネットでも読めるのであれば、読んでみたいです。

イルカを突き刺す職業は、好きで選んでやっているのか、辛くないのか知りたいです。

2010年09月29日 23:30
私は「ザ・コーブ」見てきましたが 漁師達は皆 笑ってました。

取材の外国人には 「ここは プライベートビーチだから 出て行け」

と・・・なんか同じ日本人として恥ずかしかったです。

映画にもありましたが 日本人の多くが イルカを食べてる事実を知りません。私も最近知りました。これが「文化」と呼べるのでしょうか?

猟師たちに 罪悪感なんてみじんも感じず イルカを入り江に追いやって ヤリやモリで 串刺し状態でした。 そして ひたすらに隠して
外国人を追い返していましたが・・・文化と誇れるなら何故堂々と見せてあげないのでしょうね?

そして 鯨肉と偽りスーパーに出したり ショーの為に生け捕りしたり
一頭1千万で取引されてるそうです。


これが 日本の文化??随分 恥ずかしい文化ですね。結局はお金じゃないですか?

堂々と 取材陣に見せればいい。日本の文化なら。何故 隠そうとするのか 追いやるのか 見せないのか?

この中でこの映画を見た人はいますか?夜中まで 監視員が見張ってます。

そして呆れた事に 関係者代表は イルカを殺す時 安楽に即死させているとも言ってました。

全くの嘘です。取材陣が隠しカメラを見せると その関係者代表は黙ってました。

2010年09月29日 23:33
つまり、捕鯨をしないと生活できない、毛皮を売らないとイヌイット民族は生活できないというのは、誤りなんですね、
あくまで売れるから、生きるか死ぬかの生活がかかっているわけでなくて、
日本でも家電が売れなくなれば違う産業が出てくる、いまどきポケベル流行らせようとする人がいないのと同じく、私も経済と並んで変化していっていいと思います。

いつまでも浅はかに「伝統だから」「文化だから」「それやらないと生きていきない」は誤りですね。必ず代替になる産業はあるはずです。
私だって仕事なくなれば違う仕事へ転職するだけです。
じゃないと生活できませんもん。人のせいにしないで次の波を探します。

2010年09月29日 23:49


映画を観る勇気はないのですが、
「文化と誇れるなら何故堂々と見せてあげないのでしょうね?」

本当にそう思います!

映画「ザ・コーヴ」オフィシャルサイト
http://thecove-2010.com/

イルカ漁等に対する和歌山県の見解
http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/071500/iruka.html

2010年09月29日 23:52


「捕鯨をしないと生活できない、毛皮を売らないとイヌイット民族は生活できないというのは、誤り」 みたいですね!

昔から少しずつ、世界は変化してますし、きっと「動物虐待」という言葉を誰も知らないような世界になると、信じたいです。

「私だって仕事なくなれば違う仕事へ転職するだけです。」

私もです!!!


2010年09月30日 00:04


>何度も言いますけどそれを人に強制していいのかなと思うのです。

「外政権反対」というのは強制ですか?
僕は違うと思います。主張だと思います。
仮にここで誰かが「肉食反対」と言っても、それはただの主張であると思います。
それを言われてしなかったからといって、何の罰則・不利益もないからです。
よって、そこに強制力はありません。

2010年09月30日 05:58


>食物連鎖の外って、空さんたちが思っているだけですよね?

いいえ。 人間、死んでも灰になるだけでしょ。他の生物に何の貢献もしていないし、そもそも連鎖に頂点はないと思います。


>それも今人間がわかる範囲でそう思っているだけで…何かしらを感じている可能性も否定できないですよね?

逆です。ないとされるものをないと証明できませんが、あると言うことをまず証明することが先決です。誰も証明できていないと言うことです。


>、何度も言いますけどそれを人に強制していいのかなと思うのです。
>私は食べません!!でいいんじゃないですか?と言うことです。

そうではなくて、それ以前に、イルカを鉄の棒で突き殺して食べる事が「正しい」のかという問題をまず、検討しようということです。たぶん、誰も何も考えていないようなので。

2010年09月30日 07:34
君は誰とKissをする さん

>動物食べても、植物食べても、他からエネルギーを得てますよね。
>食物の連鎖の中に入りたくないなら、自殺するか、飢えて死ぬかしか無いんじゃないですかね?

人間は死んでも他の生物の役に立たないので、食物連鎖外です。そして、自己保存が最優先されると云うことですので、他の生命を奪って生き延びる事は否定できないと言う事ができますが、他の生命を奪うのであれば苦しまない存在を選択するほうがより良い選択であるといえます。何故なら、人間も動物も苦しむ事が出来るし、双方ともそれを善しとはしないためです。苦しまない生物といえば、脳や、神経のない生物と言うことになります。その主な生物が植物であると言うことです。

だから、自殺するか、飢えて死ぬ必要はないと云うことです。

>結局生きていくのはエゴでしかないんだなあ。
>全世界の人が肉を食べるのを止めても世界は成り立つのでしょうか?

徐々に肉食が減って行くことになると思うので、成り立ちます。

2010年09月30日 07:34
h.U.N.g & rin さん


>もう少しだね、感情論とその為に構築した屁理屈ではなく、論理的な話を頼むよ(笑)

いいえ。あなたに、屁理屈に見えるだけです。


>イルカだって餌となる魚を食べているのにな。

こういうのを屁理屈と云うのです。
あなたの言葉で返しておきます。
『『生きる為に殺す』これを否定するのは、生物の理の否定だよ。』


>そのイルカを餌として食べる事になんら問題は無い。

いいえ。
生きる為にイルカを殺す必要は有りませんから、問題が有ると云うことです。


>何故か人間と同列に並べているからおかしな理屈が出来るのさ。

いいえ。
誰も、イルカに選挙権をとか、イルカに陸に上がって生活せよとか、イルカを大学に入れろとか、人間と同列に並べる人はいません。そう見える人も、あなた以外にはいないと思います。

ただ、イルカも人間も苦痛を感じるという同じ能力があるから、人間同様に配慮するべきだと言っているだけです。


>『生きる為に殺す』これを否定するのは、生物の理の否定だよ。己の存在まで否定しかねないとんでもない思想だ。はっきり言って危険思想。

いいえ。
むしろ逆ですね。贅沢の為に殺していると云うことに気づかない無神経さには驚くばかりです。
動物も人間も苦痛を感じるから苦痛を与えるのは止めようと、平和的な考えです。
むしろ、貴方のような同語反復による差別主義者の危険思想に対して差別は良くないと反対しているわけです。

2010年09月30日 08:27


素晴らしいコメントです。同感させて頂きます。海豚食は守らねばならない今の時代の食文化ではないですよね。そして牛も豚も鷄も同じくで生産されるべきじゃない………残酷すぎる。人間は食生活を選択できるのになぜ肉食を反対したら叩かれるんでしょうか?なぜARはエゴだと言われるんでしょうか?わたしは人間中心主義の方がエゴだと思います。海豚を始め動物を利用するのはなぜ正当化され、反対しているARを批難するのか…人間はなぜ存在しているんでしょうか?有り余る程の肉を食べ犠牲を考えないんでしょうか?地球にとって人間は害ばかりだとも思います。地球リセットはいつか来ると思います。

2010年09月30日 08:37
>穹@一般車両(軽) さん

>それもダメなら、貴方は?犬、猫を飼っていると書かれていましたが、それも動物虐待?
いくら愛情を持って接していると言われても、家の中で飼われ、外に出るときはリードを付け、狭い自由と言う点では同じでは?
犬や猫も、元々は野生動物ですよ。


犬についてはそこそこ詳しいので、みりさんに変わって答えさせていただきます。
現在、犬の家畜化の説で有力なものを紹介します。犬は、13万5千年前に遺伝子的に狼から分岐しました。その時点で犬は、狼からは社会的に隔離されます。犬は食料を求めて残飯をあさるために人間(原始人の住居)の傍を選び、より人懐こいものが食べ物を多くもらえるという特徴から、警戒心の強い個体よりそうでないものが生き残っていきました。つまり、人間の傍を自ら選んだのは犬だったのです。
猫も食べ物をもらえる、人間の残飯をあさって過ごしていた時代が長いので近いことが言えると思います。

原始人もまた、犬の吠え声が狼などの野生動物からの攻撃(原始時代は生死に関わる問題です)に備えるためや、犬のリーダーを慕う特徴が狩りに役に立つということで犬を必要としました。吠える・友好的ということは元々、子狼の特徴です。よく吠えて、人に友好的な個体が必要とされましたが、友好的な性格遺伝子と被毛の色の遺伝子は関連性があり、野生の狼にはない白い毛が混じり、野生の狼と比べると鼻先が短く幼い顔立ちになっていきました。それが現在の犬です。

そういう理由から、犬と人の相互関係は、何万年もの時を経て遺伝子に組み込まれた自然なものだと思います。

野生生物を「生育環境の合わない」狭いところに閉じ込めて飼育することは動物虐待に関連していると思います。生育環境が合っているかいないか、それが一番考えなければならないことだと思います。愛情を持って接することは大切ですが、理解なき愛は押し付けでしかないからです。まずは、その動物のことを理解して、必要な生育環境を与えることが愛なのではないかと思います。そういう視点で見ると、動物園は不十分だと思います。

確かに、日本では、残念ながら犬にとっても生育環境の合わないものが輸入されてしまっているところがあります。犬にも、ジャックラッセルテリアなど、本来広いフィールドが必要なものもおりますし、そんなに活発ではなく、リーダーの傍にいればそれほど走り回らなくていいというものもいます。リーダー命令によって行動(運動)するのが好きという犬もいて、アジリティ競技などで活躍しているものもいます。そのように犬種によってかなり差があるので、家の中だから不適切と常に言えるものではありません。全く散歩をさせない、運動させないとかであれば論外ですが。

日本では犬猫の福祉はこれからです。常にどこでもリードというのではなく、営業目当てのドッグランだけでなく、何時から何時まで公園を開放するなど、もっと自由な空間を与える必要があると思います。また、犬を飼う必要性そのものはそれでもないと言われるかもしれませんが、保護犬を保護している人もいるので、犬猫との生活を一概に否定することは出来ないと思います。

>元々は野生生物ですよ。

こう言うのであれば、人間は元々はサルですから、木に登って生活しましょうということになってしまいます。そんなことを言っても意味はないと思います。今現在どうなのか、そして、今現在の社会の中でどうすることが犬猫にとって幸福なのかを考えていくことが必要です。もちろん、これは人間の幸福をゼロにして考えるという極論ではなく、社会の中で「共存」の道を探すということです。

2010年09月30日 08:52
はじめまして、失礼致します。

日記を書けば非難があることはわかっていらっしゃったと思うのですが…
その中で勇気を持って書かれること、ご立派と感じました

海外版のイルカ猟反対の署名は100万を超えていました。(これは既に締め切られたかと思いますが)
たくさんの方に日本を悪く思われてしまうのは悲しいことです。

アメリカ在住の動物の権利活動家の友達は私に対し
見下したり中傷したりせず
ただイルカのことに心を傷め日本の動向、考えを聞いてくれます。
決して差別ではありませんよね

動物のためにも
世界中のイルカを思いやる方のためにも
活動していきたいですね


2010年09月30日 12:41
言い訳は絶対できんのよぉ、この問題

文章使ってくれてありがとう。

なに?その光るやつ首に巻かれた子は。。。
最低や、金のために、人間はどこまでみすぼらしい精神性を
続けるのやなー、完全に間違っています。

2010年09月30日 17:28
人間に搾取される彼らが哀れで仕方ない、こんなことさせられるために彼らが存在するわけじゃない。

彼らがいる本来の場所は海で芸などせずに泳ぎまわるのに。

奴隷ですね。

彼らを解放してあげたいです。

もしこれらを正当化できる方は家族と引き離され、仲間を殺され、狭い檻に閉じ込められ、したくない芸をさせられ、他からずっと監視されてもいいのでしょうか。

2010年09月30日 19:12


現実的には特に先進諸国では食物連鎖には入っていないと思います。自然に死んで、自然の成すがままに遺体を放置すると言う事は、ほとんどないので、実質は食物連鎖に貢献していないという事だと思います。

考え方の概要は以下です。

過去においては、人間は動物も植物も食べなければ自己保存することさえ難しかったであろう。それが慣習となり、動植物は人間に利用されてきた。そしてそれは人間にとって当たり前のこととなった。

しかし、現代では(特に先進国の場合)飽食の時代であり、食べ物に関して様々な選択が可能である。それは肉食をしなくとも、自己保存は可能であると言うことである。つまり、自己保存以外の理由であると言うことは贅沢のためであると言える。言い換えれば動物の利用を正当化出来る前提条件が代わってしまったとも言える。だから此処で再検討すべきものであったといえるだろう。

そうすると、贅沢のために人間と同様に苦しむ事のできる能力のある動物に苦痛を与えて殺して食べるより、苦痛を感じる能力のない植物を食べたほうがより良い選択だといえる。なぜならば、人間も動物も苦痛を避けようとするからである。つまり、苦痛を善しとしないからである。

結果として、苦痛を感じることの出来ない存在である穀物を食べるという選択肢が適切ではないかと言うことになるが、だからと言って、植物も生きている存在であるのだから、人間がむやみに傷つけたりしてはいけない。



書籍を紹介しておきます。

P・シンガー 実践の倫理
http://www.amazon.co.jp/%E5%AE%9F%E8%B7%B5%E3%81%AE%E5%80%AB%E7%90%86-%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC-%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%BC/dp/4812299292/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1285840292&sr=1-2

ダーウィンと道徳的個体主義 人間はそんなにえらいのか,ジェームズ・レイチェルズ
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4771020949.html

2010年09月30日 19:29

>海豚食は守らねばならない今の時代の食文化ではないですよね。

はい。むしろ、廃止すべき、恥ずべき文化だと思います。


>そして牛も豚も鷄も同じくで生産されるべきじゃない………残酷すぎる。

もちろんイルカも牛豚も同じ事です。

>なぜARはエゴだと言われるんでしょうか?

頓珍漢な勘違いをしている人がいるからだと思います。


>有り余る程の肉を食べ犠牲を考えないんでしょうか?

肉食が当たり前だと、何の検討もせず、盲目的に信じているからだと思います。

2010年09月30日 22:05

>俺達は何一つ無駄にしちゃならない。命を奪ってるんだから、骨まで利用して、最後ありがとうごさいました。

凄く、傲慢な発想だと思います。殺して食べる必要のない動物を殺して、食べて、「有難う」はないと思います。

もし、あなたがいきなり殴られて「私のストレスの発散のために殴りました」「お蔭でスッキリしました・・・ありがとう」と言われて、あなたはそれを受け入れるのでしょうか。

ものすごく、人間側にバイアスのかかった自分勝手な意見だと思います。

>無躾な事言ってしまうと、正直恐いです。あなたたち。あまりにも価値観がちがう。

確かに価値観は違いますが、我々の言っていることは動物よりの考えではありません。むしろ、まだまだ人間よりなのです。

それでさえ、あまりにも理論と現実は違いますが、逆に言えば、人間の考えがあまりに利己的過ぎて、人間側にバイアスがかかりすぎていることになるのですが、そのことが過去からの慣習に基づく「当たり前」とされているために多くの人は気付かないのだと言えます。

だから、あなたが「正直恐いです。あなたたち。あまりにも価値観がちがう。」というのは、実はあなたの考えが上記に説明したとおり、人間側にバイアスがかかりすぎて歪んでいるのです。その歪んだ位置から見るからそう感じてしまうと言う事です。


罪もない「動物」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「犬」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「猫」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「牛」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「豚」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「イルカ」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「黒人」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「女性」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「日本人」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「韓国人」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「ユダヤ人」を突き殺す事はよいことだ。
罪もない「太地町の漁民」を突き殺す事はよいことだ

上記は理論的に全てが誤りです。

動物問題をちゃんと検討して、公平な立場から、これの全てが誤りに思える日が来るといいですね。

2010年09月30日 23:00

>先進国で暮らすには、どうしても化学物質や化学繊維、また電磁波などが欠かせず、あらゆるものが環境を汚染して、間接的に動物を傷つけてしまっている場合があるかと思います。
>(死には至らないと思いますが)
そこはどのように、考え、また何か実践していらっしゃるのでしょうか?

そうですね、生きていて大変心苦しいことです。
出来るだけ化学物質を使わないように、自然のものだけを使ったエコな洗剤などを高くても利用するように心がけています。どうしても欠かせないものは使っていますが、そうでないものは控えるように気をつけています。完璧にはなれなくても、生きているというだけで、何かを犠牲にするということがあるわけで、他のものに生かされているからこそ自分の”出来る限り”は大切にしたい他の生命たちだと思います。

>また、将来犬・猫のように他の動物が人間と共存する関係が構築された場合は、動物園と言う環境もあり得るということですか?
(イルカの場合は、ほぼ不可能に近いみたいですが…)

犬も動物園という環境は、「明確な安定した群れ」と「リーダー」がいない環境なので合いませんが、もし、その新たな動物が、「オリに入れられて色んな人間に見つめられ続けて幸せを感じている」ということが実証されればあり得ると思います。今のところはそういう生物を想像出来ませんが、可能性は何でも「ゼロ」ではないと思いますので。
2010年10月01日 00:30
ヴィーガンの方は当然卵も食べませんね~、
動物を食べるってことは動物が食べる餌の植物も食べることになるんです、
しかも牛肉1kgつくるために飼料が8~10kgも必要となると、
餌のトウモロコシを人間が食べた方が圧倒的に効率がいいわけです。

植物にもたんぱく質はたくさん含まれていますよ。
植物性だけで摂れないとされている栄養素はビタミンB12くらいなので、
それが心配ならサプリのお世話になればいいでしょうけど、
サプリは合成で植物の栄養をそのままもらえるものではないのでおすすめはしません。

何も食べない生き方はできないけど、少しでも無駄、犠牲を少なくする努力はできると思いませんか?
植物ならたくさん食べていいなんて誰もいってません。
栄養が必要だから食べる、ただ肉は生きていくために必要ないと
自分の体で実践して結果元気に生きているので証拠になっています。
参考になれば幸いです。

2010年10月01日 06:04
まず、痛みと苦痛に関してですが、動物福祉の考え方に「5つの自由」というものがあり、これは国際的に認知されていて、実際に日本でも次の動物愛護法の改正のための話合いで出される議題です。

「5つの自由」(飢え、乾き、栄養不良からの自由、恐怖と絶望からの自由、肉体的なそして温度上の不快感からの自由、痛み、傷害、病気からの自由、正常な行動を示す自由)」

捕鯨の「方法」は、これと照らし合わせても不適切だと思います。
「牛豚鶏」などの家畜同様に食べるというのであれば、せめて、痛み少なく死なせる方法に変えて欲しいものです。

それから、h.U.N.g&rinさん

>イルカを食べ尽くして絶滅させる訳でも無いのに、暴力や犯罪を働いてまで辞めさせようとするのははっきり言って異常でしか無い。

と言っておられますが、ここの日記では暴力や犯罪は肯定されていません。「もし、それが自分の家族だと考えたら気持ちは分かる」と言われているだけだと思います。
どうやら、h.U.N.g&rinさんは「イルカ鯨漁に賛成しない=シーシェパードと同様の考え・方法」という方程式が頭にあるように見受けられますが、僕は捕鯨を肯定してない人の大半は、そしてここにいる人はシーシェパードのやり方には反対だと思います。
現に、ここにいる方がh.U.N.g&rinさんの日記に乗り込んでいって暴言を吐いたというのであれば、それはシーシェパードのしたこと同様にやってはならない悪いことだと思います。
なのに、

>お宅らを暫く見ていて感じたのは、『一生懸命考えているんだろうけれど、一周回ってバカ』だなという一言に尽きるね。

などと、あなたは暴言を吐いておられる。これこそ、言葉の暴力です。慎んでください。そして、ここでは誰も強制はしていません。第一、ネット上の日記に「強制力」はありません。命令形さえ使っていません。

>感情論でなく根拠をきちんと示せ。

むしろあなたは命令形を使っていますね。
言葉を謹んで下さい。ネット上のマナーがなっていません。

また、
>『イルカや鯨は知能が高い』

ここで、誰かイルカや鯨は知能が高いから殺してはいけない、と言いましたか?僕はそのような意見を目にしてはいませんが。言ったのは海外の誰かではないのですか?イルカ鯨猟について否定的な考えを持つ人全てが同様の考えを持っているわけではありません。

同様に、
>『自分達は無用な殺生をしなくとも生きている高尚な人間だ』

とも、誰も言っていません。それはあなたの想像に過ぎません。

>他に痛みを与える事無く生きようなど

全くゼロにしようともまた、誰も言ってないですね。
空さんがないものは証明できないと言ってますが、
痛みが「ない」ことは誰も証明できませんし、
生きるのにはどこかで犠牲はつきものです。
それならば、殺傷は出来るだけ少なくしよう、という考え方です。
同意できなければしなくていいと思います。
誰も強制してないのですから。

2010年10月01日 06:07
>h.U.N.g & rin さん

>お宅らを暫く見ていて感じたのは、『一生懸命考えているんだろうけれど、一周回ってバカ』だなという一言に尽きるね。

いいえ。
何も考えずに、洗脳されたままのあなたよりはマシです。


>取り敢えずまずは『イルカや鯨は知能が高い』というのがただの学説に過ぎない事について答えてくれないか?
そこをスルーして話を進めるからただの感情論の域を出ていないのだよ。

この部分はあろうがなかろうが関係ないのですが?


>自分達は文化が発達して必要が無くなったからと言って、他人の生活様式にまで土足で踏み込んで暴力で取り上げる事こそ野蛮でしょ。

いいえ。自己保存似関係ないから無用な苦痛を排除しているだけです。


>イルカを食って生きて何が悪い?

人間を食って何が悪いと言うぐらい情けない発想ですね。


>感情論でなく根拠をきちんと示せ。

先にあなたが何処がどう感情論なのか根拠を示すべきです。


>イルカに選挙権
誰もそんな事は言ってない。
意図的に人の発言を曲解して自分の発言に繋げるな(笑)

「人間と同列に並べている」といったのはあなたです。謝罪すべき事です。


>苦痛を感じるから人間同様に配慮しろとか、何故そう繋がるのか?そもそもそこに無理があるだろよ(笑)
苦痛が無ければいいのかい?

人間が苦痛を感じて善しとしないからです。


>銛では無く麻酔でも使えば良いのか?(笑)

それでも苦痛は残ります。


>イルカを食べ尽くして絶滅させる訳でも無いのに、暴力や犯罪を働いてまで辞めさせようとするのははっきり言って異常でしか無い。

だからと言って殺して良い理由にはならないということを理解しましょうね。


>差別だとかアホかと(笑)
>人間とその他の動物を区別しているだけだろ。

黒人を黒人だからと言うどうすることもできない理由で不利益を与えることを「差別」といいます。
女性を女性だからと言うどうすることもできない理由で不利益を与えることを「差別」といいます。
動物を動物だからと言うどうすることもできない理由で不利益を与えることを「差別」といいます。

全て同じ原理を使っています。つまり差別原理の使用にあたり、区別ではなく差別だと言う事です。すなわち、あなたは差別主義者だということです。

このぐらいは理解しましょうね。


>結局お宅らの思想の背景には、『自分達は無用な殺生をしなくとも生きている高尚な人間だ』という一種の選民思想があるだけだ。

いいえ。ありません。
おそらく、あなたに理解できない、合理性が存在するだけです。

もう少し、いろいろとお勉強なさってから書き込んだほうが良いと思います。
宜しくです。

2010年10月01日 06:29
>君は誰とkissをするさん

>狩猟、略奪文化のお国に、鯨漁止めろといわれても素直に聞き入れられないです。

それは同感です。
僕個人は、牛豚鶏魚を食べないのと同様にイルカも食べませんが。

>個人の非難ではないですが、植物は苦しまないと断定するあたり、海豚は特別と扱う人たちと(団体?)と同じ匂いを感じます。

誰か断定したのですか?読み飛ばししたかもしれませんが、読んだ感じでは「植物が痛みを感じることが”証明”出来ない」とはありましたが、「絶対に痛みを感じない」とは書かれていないように思いました。
空さんが言われるように「ない」ものは証明できませんから、「痛みがあると証明できてない」ということだと思います。植物は、痛みを感じる器官を持たないので、痛みがあるということを科学的に証明できないというのが現段階だと思います。

>私は将来的には故障した馬を引き取って飼いたいと思ってましたが、まあ偽善ですね。

悪いことをしていて、それを隠そうという思いがあれば、それを偽善と呼びますが、利他的行為は偽善とは言わないと思います。

>かわいそうと思うなら徹底して他からの養分の採取は止めるべきでしょう。人間の活動が一番動物に酷い事してると思いませんか?

思います。出来る限りは徹底したいと思っています。
死なずに出来る限りというのは、人間が死ねばいいという考えは、「命を大切に」というスタンスで行動していることからすれば、本末転倒と言えるからです。

2010年10月01日 07:42
君は誰とKissをする さん

>狩猟、略奪文化のお国に、鯨漁止めろといわれても素直に聞き入れられないです。
>結局採算が合わないから、撤退しただけだし。
>日本の右の人たちと同じで、こう言う団体の幹部連は甘いしる吸ってるだけなんじゃないですかね?

だからと言ってイルカをつき殺しても良いという理由にはなりません。


>下水に垂れ流しとしても、糞尿の分解には微生物の力が要るのでは?今はそれも無いんですかね?

部分的には有るかもしれませんが、処理漕の問題等を考慮すると大きく外れていると思いますが。


>個人の非難ではないですが、植物は苦しまないと断定するあたり、海豚は特別と扱う人たちと(団体?)と同じ匂いを感じます。

このあたりの意見は少し偏っていますね。彼らの意見が全て誤りであるとは言えないと云うことです。さらに、植物は苦痛を感じるといった、理にかなった資料もありません。もし、植物が苦痛を感じると云う論証されたものが有るならそれを提示されて反論なさればよいと思います。


>商業利用が無くなったら、牛も豚も希少動物になるかもよ?

それは問題ないと思います。


>かわいそうと思うなら徹底して他からの養分の採取は止めるべきでしょう。人間の活動が一番動物に酷い事してると思いませんか?

思いますが、まず自己保存が最優先されると云うことです。

2010年10月01日 11:26
イルカ食べるのは
本当にやめてほしいです
食文化って
大昔からイルカ漁があったのか戦後からしだしたのか
コーヴって映画で
隠し撮りされて屈辱うけたのに
考え直しもせずに…


2010年10月01日 18:48
水族館用に生け捕ったあと銛で付いて皆殺し、売買用だけでも数千万するはずなのに残りも逃さない、充分残酷・虐殺だと思います。
>靖国ダメ、南京大虐殺はアル、従軍慰安婦もアル。
どなたがそんな発言したのか見ていませんが、
半日は日本人以外が言うから半日であり、
日本人が今の日本のあり方を問うのがなぜ半日になるのかわかりません。

とりあえずわかっているのは、調査捕鯨に60億もの税金補助が出ています。
(最近は調査といわず商船とか名前変えたそうですが)
国民のどれだけが貴重な財源から捕鯨に60億も投資していると知っているのでしょうか。
事業仕分けで補助がもしなくなれば、漁されてる方関係者、の方々、
伝統とか歴史とかいわずに即やめるんじゃないでしょうか?
おカネ目当ての行為だと思わずにはいられません。
知能がどうとかより、政府間で大きなお金が動いているから・・・が一番大きな理由じゃないですかね。お金もらえないなら誰が実費費やしてでも伝統捕鯨続けようとするんでしょうか・・・


2010年10月01日 22:04
>さん

丁寧にありがとうございます。

>この言葉は、愛玩動物や動物園にいる動物のみに適用されるものですか?
>それとも、自然界にいる動物含め全ての動物に適用されるものですか?

5つの自由は元々は、畜産動物に適用されるものであったということですが、次に愛玩動物、人間と関わりの深い特定の動物が対象とされるようになっています。野生動物全てに適用することは不可能であるということです。そのあたりも、今後の環境の変化に応じて変わったりするのだろうと思います。実際に専門家の間でも範囲が変わっていったように明確な線引きの出来ないことではないかと思います。

>また、愛玩動物についても、動物愛護を実践している方のページを見にいかせていただいたら、プロフィール写真が犬が帽子かなにかをつけて扮装している写真でした。
>温度上の不快感と言う意味ではこの写真は適切ではないように思いました。
>そこはどうなのかな?感じまして…

僕個人も、犬に服を着せることについては考えたことがあります。犬と生活する前はあまりよくないことだと思っていました。
まず、犬が嫌がることをしてはいけないと思います。
しかし、毎回びしょぬれにするわけにはいかないので、雨の日にレインコートを着せることがあります。それを愛犬は全然嫌がらない。むしろ、それを着て外に出た瞬間、近所の人に可愛い可愛いと構われて嬉しそうで、そこと結びついたようで、レインコートでいいことがあると思ったようです。(犬は褒め言葉や人間の笑顔に敏感。)それで、僕の場合はレインコートだったが、服もありなのかなと思うようになりました。もちろん、動きを妨げるようなものや、暑い日にセーターを着せるなどということはやめたほうがよいと思いますが。 犬は、嫌なことには逃げたり、カーミングシグナルを見せて反応し、嬉しいときは尻尾を振ったり軽く口を開けた「犬の笑顔」で反応するので、嫌がっているか喜んでいるかはすぐ分かります。

>化学繊維を製造する過程ででる環境汚染を、この団体は問題にしないのかな?と。いわゆる、間接的に与える影響には無頓着なのかなと。(テレビだったので情報が偏っていたのかもしれません。また皆さん全てががそうではないというのを承知で質問させて頂きました)

ああ、一応ここは団体ではなくて、個人のマイミクさんの集まりで、みりさんがベジタリアンのためベジタリアンの人が多いけれども、僕個人は知らない人もここにもいっぱいいますし、個人で考えは違っていると思いますが・・・とりあえず僕は、環境汚染も気になるので、出来るだけ環境にも配慮したものをと考えています。化学繊維もそうであり、洗剤は自然にかえるものをなどです。


2010年10月01日 22:05
(続きです。)

>また、例えば植物性の原料を生産するには当然畑が必要です。また、もし仮に全人類が文明文化を維持したまま、ベジタリアンになることができたら…
当然その分の、食物が必要になります。
そうした場合、田畑が増えることにより、動物が住む場所が極端に減る可能性はあるのか?

現在、先進国からベジタリアンが増えてきているように、今後人口減少していく国からベジが順に増えるということになるのではないかと思うので、全人類がベジになる頃というと、人間自体が減少しているのではないかという気もします。
あと、こんなデータがあります。

「FAOの2002年データによると、世界の人口は62億人であるが、牛は13.6億頭、豚は9.4億頭、羊は10.3億頭、山羊は7.5億頭などとなっており、この他、水牛、馬、ロバ、ラバ、ラクダなど大きな家畜を含めると合計して43.7億頭となっている。世界の人口の30%は15歳未満の子供であるので、世界全体で大人1人当たり、約1頭家畜を飼っていることとなる。」
ということは、そのとき肉として食べられる家畜はいないわけですから、今現在家畜に与えている牧草地に他の野菜を植えたら、その問題は起こらないと考えられるように思います。
まあ、こういうことは机上の計算に過ぎませんが。

>また自然派、動物実験反対を唱えている某ショップでは大量の着色料が使用されていて、これはいいの?と思うことがあります。

僕個人は避けています。

>そして、私は、究極の動物愛護とは、人間が食物連鎖の中に戻ることではないかなと、その番組やら自分の生活省みて感じたのです。
(そうなると、結局自己保存のための狩りせざるを得ない状況になるのかなと思ったり)

そうかもしれませんね。
でも、そのほうが犠牲は少ないかもしれません。
文明社会での環境汚染で長期的な影響による犠牲を出しているのではないかと考えると。
もちろん、はっきりしたデータがあるわけではないので、推測に過ぎませんが。

>そうなると、先進国にいる以上、動物に何かしら影響があることをせざるを得ない…その中で、どこまでいいのかの物差しが個々違うだけなのかなぁと。
肉食をしている人は、肉食までは許される
(↑これで殺していい理由にはなりませんが…現にいまの人類の多くはここだと思います)
皆さんは、それはよくないことなので…間接的影響は致しかたないにしても(もちろんなるべく少なくして)、肉食を拒否して今の生活を送るように努力されている。

ご理解ありがとうございます。

>もっと突き詰めてしまうと、先進国の暮らしを捨てて自然に戻る人もいるのかもしれませんね。

そうですね、いそうです。

2010年10月01日 23:07
ROMの予定だったのですが・・

思想を知りたいという方にはこちらのサイトがオススメです

菜食のススメ
http://saisyoku.com/index.html

解体される牛、映像。見てください。

動物を食べるということは私達の犯している確かな罪ですから、
このような現実は全ての人がしっかり見るべきではないかと私は思います。

これが道徳だというのなら間違いだとわたしは思うのです。


○太陽を見るすべての目の完全な調和を見ようとしない道徳など呪うべきものである(アルトゥル・ショーペンハウアー)

○動物からもたらされた食物を神が許したというふうに信じさせられた結果、人々は動物を食うことが悪いことだとは考えない。
が、これは間違いである(トルストイ)

○動物を殺すことが人間を殺すことと同じように犯罪とみなされる日がいつか来るだろう。(レオナルド・ダ・ヴィンチ)

○屠殺場の壁がガラス張りだったら人々はみな、ベジタリアンになるでしょう。(ポール・マッカートニー)

○肉食は人間に適さないと考えています。
もし人間が動物より優れているというなら、
人間は下等な動物の真似をするという過ちを犯していることになります。(マハトマ・ガンジー)


なにも特殊な考え方ではないと思います。

#

2010年10月01日 23:37
食材として食べるのならムダではないという意見についてだけコメントさせて頂けば、たくさんの穀物を食べさせた牛を食べるというのであれば、肉1㎏を生産するにつき、穀物8㎏が消費されているので、やはり肉を食べるということはたくさんの命が犠牲になっていると思います。
犠牲を少なくしたいという思いで行動しているため、その意思から外れます。

野菜と穀物で栄養は取れるので、肉はぜいたく品だと思います。

以上は僕の考えです。

肉の宣伝などは自分のところで好きにすればいいと思います。僕は興味ないので見ませんし、人のところにいって肉食うなとかも言いませんね。個人が個人の日記で、主張をするぶんには何の問題もないと思います。本や映画の感想・批評だろうが、レストランの感想・批評だろうが問題ないわけです。他人の日記で肉を食べるなと言うのとは違いますし、肉レストランの前で嫌がらせをすることとも全く違いますね。(誰もそれをしたと言ってないのに、なぜそこまで話が飛躍しているのか謎です。)また誰もここで命令してないですよね。別に肉食云々についての意見は押し付けとかではなく、「食べない理由の説明」なのですから。

むしろここで、それぞれがそれぞれの理由で、だから私は肉を食べない・食べなくなった(生まれてからずっと食べてない人より近年ベジタリアンになった人の方が多い)と言っているのに対し、その理由が共感理解出来ないからといえ、人の日記に入ってきてまで、明確な意思と理由で食べない食べたくないと言っている人に肉をすすめるというのはどうなのでしょうね。

2010年10月02日 00:22
ミノ さん

>そんなことは世界の至る所で行われているし、牛を肉として出荷するとき、策で一方通行の道を作り、何頭も順番に押し込み、頭にデカイ杭を打ち込んで殺し、皮を剥ぎ、肉を熟成させ、切り取り、出荷されます。
確かに残酷です。

残酷な行為が良いことだとは言えません。さらに自己保存の為でなく、贅沢のための殺戮ですから、どう考えても正当化できません。


>だからこそ、何一つ無駄にしちゃいけないんじゃないんですか?

いいえ。殺された動物にとってゴミになろうが食われようがもうすでに死んでいるわけですから何の関係もありません。何一つ無駄にしちゃいけないと思うのは殺しに関わる人間の罪悪感を打ち消すための言い訳にしか過ぎません。


>無駄をなくせば、必要以上の犠牲を出さなくて済みませんか?

自己保存の為に殺すのではなく、贅沢のための殺しですから、必要でない犠牲を出さなければ良いだけの話です。


>もっと現実味があることしませんか?

奴隷解放運動なども、最初は「失笑」されていましたし、地動説なんかの場合、失笑された上に迫害まで受けていました。しかしたとえ、少数派であろうと妥当なものは妥当だと言う事です。どうあがいても、動物利用は倫理的に、差別の原理を使うか、自分勝手な議論でしか、正当化は出来ません。だからこそ地道な啓発が必要だと思います。


>知った時は絶滅していましたを無くすためにも、自分達は後世に命の大切さ、自然の大切さ、奪ってしまったことに関しての謝罪、食べることへの感謝。食べ物を粗末にしてはいけないと教えていくのではないでしょうか。

環境倫理と生命倫理は相反するものです。此処では生命倫理での動物の利用が批判されているわけです。生命倫理から見れば、その種が自然淘汰され、絶滅したとしても仕方がないことだとなるわけです。もちろん人間が絶滅に追いやったとなれば別ですが。


>あなたたちの理想は結局自己満足です。

いいえ。単なる利他主義です。

.2010年10月02日 00:23
紅6号@管理人見習い さん

>食文化、食の大切さがわからないなら、外国人に日本語話しているのと同じですね。

いいえ。良い文化、悪い文化という善悪の価値判断が正しくできると言う道徳的な知性があると言うだけだと思います。道徳的な善悪の価値判断が出来ない上に、過去からの慣習に洗脳されている人に理解させる事の難しさを痛感しました。


>人間が食物連鎖に含まれないとの意見が有りましたが、そんなはず有りません。

いいえ。植物連鎖と言うのは自然界で起こることを想定しています。人間がバクテリアに分解され朽ち果て土に戻ってこそ食物連鎖に入ると言えるわけです。火葬されて灰や骨になってその骨や灰は地上に撒く事などできません。勝手に妄想することは良くないです。


>海豚も鯨も所詮は自然の一部、それを喰らってどこに問題があるのでしょう?

「人間も自然の一部、それを喰らってどこに問題があるのでしょう?」と言うのと同じ論理です。


>これが一時の快楽の為の虐殺なら話は違ってきますが、あくまで食材としての捕獲でしょう?無駄な殺生ではないんですよね?

いいえ。自己保存にはイルカ・クジラは必須であるとはいえません。だから、明らかに無駄な殺生であると言えます。


>苦痛の無い死を、とも仰られていますが死に際に苦痛を伴わない死など、それこそ人間でもない限りありえません。

だから苦痛を与えても良いとはなりません。とんでもない発想です。


>自然死に苦痛が伴わないとするなら、それを体験してから出直してください。

誰も自然死の議論をしているわけではありません。議論を理解してから出直してください。
2010年10月02日 01:18


>まあ人間肉食わなくても大丈夫なように出来てますが、鯨や海豚を食べる必要はない、時代が変わったとおっしゃるならば戦後の食生活の変化や昨今のグルメブームの折このように肉の需要も増える訳ですよ。

この日本語は少し変です。
だから、なにを言いたいのか意味が良く分かりません。


>とりあえず日本に畜肉を押し付けるアメリカのホワイトハウス辺りに先に抗議してきてからまた意見下さいね。

なるほど、生命倫理の議論とは違いますが、あなたがそう考えるのであれば、当然、あなたは牛肉、マクドナルド、ケンタッキーなどアメリカの農産物、畜産物、またはそれを使った加工食品等は食べていないと言う理解で宜しいでしょうか?

もちろん、私は肉食に反対する以上、アメリカ産だろうがその他の産地だろうが食べていないので問題はありません。だから動物利用に関してはアメリカにも批判できると言う立場です。

2010年10月02日 01:32



>それに動物由来の栄養素は如何に摂取されるおつもりです?
有益な栄養素として身近に簡単なものでいえばDHA、ドコサヘキサエン酸をあげましょう。

それは必ず必要な栄養素には含まれていません。

>食物に代用なんて効かないのに、くだらないこだわりで偏食を続ければ健康に良い筈無いでしょう?例え日本人が農耕民族だとしても、魚ぐらい喰わないと何かしら弊害が出ると警告しているだけです。

米国栄養士会によれば、以下です。
Well-planned vegetarian diets are appropriate for individuals during all stages of the life cycle, including pregnancy, lactation, infancy, childhood, and adolescence, and for athletes.

Am Diet Assoc. 2009 Jul;109(7):1266-82.
http://www.eatright.org/About/Content.aspx?id=8357

「完全ベジタリアン、つまり、ビーガンを含み、適切に考えられたベジタリアン食は、健康的で、栄養的に適切であり、また、ある病気の予防や治療において健康的利益をもたらす可能性があることは、米国栄養士会の見解である。よく考えられたベジタリアン食は、妊婦、乳児、小児、子供、青年を含む人の全生涯の段階、また、運動選手において適切である。」

Position of the American Dietetic Association: vegetarian diets.
It is the position of the American Dietetic Association that appropriately planned vegetarian diets,
including total vegetarian or vegan diets, are healthful, nutritionally adequate,
and may provide health benefits in the prevention and treatment of certain diseases.
Well-planned vegetarian diets are appropriate for individuals during all stages of the life cycle,
including pregnancy, lactation, infancy, childhood, and adolescence, and for athletes.


2010年10月02日 06:57

>穀物じゃなくても牧草食わせばいいじゃないですか。

別に穀物にこだわっているわけではないです。換算が穀物のデータがあったというだけです。
それと、話の流れが、「犠牲になる命の数」からきているために、穀物か牧草かというのが重要では全くありません。
たくさんの植物の命を使って育てた肉を食べることは犠牲になった命の数を考えれば多すぎる、「植物を食った肉」ではなく、牧草地に人間の食べる野菜でも植えて、「植物をまっすぐ食べる」ことで命のムダは避けられるという話です。

DHAはえごま油や海草で取れます。
(α-リノレン酸が体内でDHAに合成される。)

>それに僕はベジタリアンを叩きませんよ、むしろ心配してるくらいです。
>食物に代用なんて効かないのに、くだらないこだわりで偏食を続ければ健康に良い筈無いでしょう?

いや、この文章ですでに叩いています。
「くだらないこだわり」と言っていますね。
他者の意思や決意、そうなるに至った心に対して、「くだらないこだわり」などという人に心配されたくないです。「くだらない」などと言う人に心配されても、正直余計なお世話です。
自分のことは自分でケアしますから、おせっかいはいりません。
しかも、最初に「すすめたコメント」では、

>いっぺん喰ってみましょうよ、どうこう言う前に
旨いですよ?

と言われておりましたね。これは心配には見えませんが、これで「心配」だということが伝わると思われたのでしょうか。
肉の方が美味しいと感じることは(もちろん嫌いな人もいますが)誰だって知ってます。

また、ここはヴィーガンの集まりではなく、魚や卵を食べるベジタリアンもいます。

2010年10月02日 19:52
すみません最後に一つだけ

レトルト食品や化学調味料は元々購入したり食べたりしないように心掛けています。

2010年10月02日 22:337
#


>無意味な誹謗中傷が含まれてますよ?何様ですか?
>貴方は批評が過ぎる。

自分勝手なことを言わないで下さいね。以下のあなたの発言はでしょうか?

>>食文化、食の大切さがわからないなら、外国人に日本語話しているのと同じですね。



>貴方は骨や灰を封じた墓が永遠に有るとでもお思いですか?
>あのピラミッドですら、自然と風化するのにたかだか1.2m程度の御影石が風化し崩れない筈無いでしょう?
>そして霧散して煙はどうなるのです?いつまでもお空をフワフワしてるんですかね?
>形ある物いつかは崩れるものでしょう、森羅万象を語るには少々視点が狭すぎですよ

それは、「詭弁」と言うものです。確か詭弁の定義には「ごく一部の例をだして、一般にあるように語る事」なんてあったような気がします。

それで、共時的な事ではなく、通時的な事まで入れるのですね。
では一つの細胞から進化したと言える動物と人間はまさに兄弟であると言えるだろう。つまり動物と人間は動物と言う範囲に入る訳である。その動物を食べる事は正に共食いである。つまり、あなたは共食いを認めていると言う事になります。当然、普遍化可能性の原則から行ってもあなたはそれを認めざるを得ないと言う事になります。


>人間がその発言をするのは少々問題有りますが、正解です。

良く分かっていますね。

>これはおかしい、様々な食材には其々の栄養素が有ります。
>強い個を育てる上でクジラを含む多くの食材を喰らう必要が有ります。
>多くの栄養素の複合体が強い個となる以上、動物性蛋白は欠かせない栄養です。

It is the position of the American Dietetic Association that appropriately planned vegetarian diets, including total vegetarian or vegan diets, are healthful, nutritionally adequate, and may provide health benefits in the prevention and treatment of certain diseases. Well-planned vegetarian diets are appropriate for individuals during all stages of the life cycle, including pregnancy, lactation, infancy, childhood, and adolescence, and for athletes.

計画された全てのベジタリアンやビーガン食を含む、ベジタリアンの食は、健康的であり、十分であり、特定の病気の治療と予防に役立ち、適切であると云うことはADAの見解である。良く考えられたベジタリアン食は、妊娠、乳児、幼児、子供、青年を含む個人の生活習慣の全ての段階で適切である。

以上はADA(米国栄養士会)の公式見解です。
つまり肉食は必ずしも必要ではないと言う事です。その一環として、クジラ・イルカがいるということです。だから、苦痛を与えられたり与える事が誤りであるという人で、自律できる人は食べない選択ができると言う事です。


>飛躍した発想の貴方に軽く恐怖しました。

いいえ。飛躍などありません。


>殺す側も、何も好き好んで苦痛を与えてる訳では無いでしょう。おぉ怖い怖い。

そうだとしたら、本当に恐ろしいですね。苦痛を与えないという選択肢もあるわけですから。逆に言えば、自分が好き好んでいないのに、自分の利益のために苦痛を与えて殺すのですから。

>>>自然死に苦痛が伴わないとするなら、それを体験してから出直してください。
>>誰も自然死の議論をしているわけではありません。議論を理解してから出直してください。
>他殺以外の死は病死か自然死でしょう、話を振った側が白を切っても駄目です。

あのー・・しいて言えば「他殺」の議論で「その他の死」 のお話ではないのですけれど。
話を「その他の死」に振ったのはあなたですよ。関係のない話に振っておいてその言い草は如何なものかと思います。だから、「議論を理解してから出直してください。」となるわけです。

2010年10月02日 22:33

>もしかしたら、ちょっと難しいベジタリアン推進を拡散するよりも、日本の伝統的な食文化(もちろん皆さんの>肉を食べないと言う考えを入れて)を伝える方が伝わりやすいかもしれません。
>日本に馴染みのものですし、考え方も受け入れやすいです。
>何より日本人にあってます。

これは面白いと思います。私もどこかで同じような事を書いていたと思います。日本の伝統的な食事は基本的にベジタリアンに近いものです。魚は食べていたようなので、ぺスコ・ベジタリアンに分類される事になります。家禽や動物は数々の殺生禁止令の影響で肉は基本的に禁制品であったためにあまり食べられていなかったようですが、少数ですが隠れては食べられていたようです。

こういった、発想も取り入れていくべきかと思います。

>脳に障害のある若ボケ少年の量産でもする気ですか!?

いいえ。
山間部に住み、魚を食べれない民族が全て脳に障害のある若ボケ少年という話は聞いた事がありません。
適当な事を言わないほうが宜しいかと思います。


>ミネラルすら足りない人間が、ホントの意味で丈夫でしょうか?

ADAによれば推奨しています。


>紹介にある論文はあくまでアメリカ人(肉食種)のデータですよね、日本人の貴方が何を参考にしてるのですか?腸の構造すら多少違うのに?

正に、その通りですね。日本の食文化はぺスコ・ベジタリアンに近いものであり、アメリカ人などと比べても肉の消費量は少なく、腸内細菌もアメリカ人と日本人では分布が違うそうです。つまり、アメリカ人でさえ推奨されているわけです。


>それにこれは一生死ぬまでのデータでは無いでしょう?
>食に制限を設ける以上、必ず弊害は出ます。早かれ遅かれ故障しますよ?

栄養士会の論文ですから、栄養学であり食べ物の栄養の分析を主体にしています。204もの論文を検討、再検討した結果の推奨です。

2010年10月03日 09:26

返信を止められたのですが…失礼します。
私は、日本人が日本人らしさを取り戻すことに大変興味があると言うか…それを願っています。
ハンドルネームに、それに関連した主張が入っているのはそのためです。

皆さんとやりとりして、そう言えば…日本の伝統的な食文化は穀物中心だったよなぁ。見直すのもいいかもなぁとふと感じました。

みりさんの日記をいくつか読ませて頂き、地産地消のことが書かれており、そう言う取り組みも素敵だなと思います。

なぜ、右寄りな人が反捕鯨者を叩くのか?
おそらく家畜を飼って食べることよりも歴史が古いからかと思います。
今は置いておいて、過去については、イルカ・鯨は紛れもなく土地の人を支えていました。
空さんは、恥ずべき文化とおっしゃいましたが…
当時資源が乏しく流通が整わない地域では、自己保存のため必要な行為だったのだろうと思います。
右寄りな人たちは、土地の人々にはそれが生活に必要であると信じて疑いません。

一方西洋の一部では、鯨のひげを捕るためだけに捕鯨したと言う過去があります。乱獲です。
その反動や動物愛護的な考え、また鯨を食べない文化であることから、イルカ・鯨が動物愛護のシンボル的な存在になっているように感じています。

右寄りな人は、そこを踏まえて文化の破壊だ、伝統を壊すなと言うのだと思われます。
シーシェパードに代表される過激な団体の活動を支援してるのでは?と言う誤解もされてしまうのも、西洋と日本の文化が違うことによる行き違いによるものかと思います。
つまり、そう言う文化が無いからと言って、理解せずに否定するなと言うのが右寄りな方たちの主張です。

だから、イルカは駄目で牛や豚はいいのか?挙げ句食物も駄目じゃないのか?になってしまい並行線のままになってしまいます。

命に優劣はないし…一刻を争うことは重々承知しています。
こんなゴタゴタが動物に関係ないのも事実です。
私も、無意味な殺生や快楽のために動物を虐待するのを禁止すると言うのは賛同します。
悲しいですが、人間が変わらなければ動物の状況は、いつまでもかわりません。

その中で、一人でも多くの方に、皆さんの主張がちょっとでも広がることが必要になりますよね?

いきなり、動物を殺すこと悪、悪い文化、人間は自律できるのにしないなんて駄目、洗脳されているんだ的なことを言われてしまうと…そこだけが残り、自分が存在を否定されたと思います。ある人は攻撃的に反論してくると思います。
感情の持っていく場がなくなってしまったから。
ネガティブなことほど心に残りがちです。

まずは、日本の伝統的な食文化を見直しましょう。
と、なると…
牛や豚が食から省かれます。(鶏はどうやら食べる地域があったようです)

その中で、毛皮・動物実験の現状を広く踏まえた上でまず、イルカ・鯨の商業利用のための捕獲禁止から訴えていく、これならひとまず食文化は保護されますが、賛同者は増えそうです。(殺生を容認しろと言うわけではなく、あくまで拡散方法や、運動の一環として)

それが広がり、日本人の多くが伝統的な食文化に立ち返った段階ではじめて捕鯨は本当に必要なのか?になるのかなと。
欧米の人たちが、まずイルカ・鯨優先で、家畜が次であるのと同じように…
(順番と言うのはないのかもしれませんが、欧米では、家畜類はまだ許容されているように見受けられたので)

そう言うソフトな拡散方法も考えてみるとよいのかなぁと…ふと皆さんと意見を交換して思いました。

わかる人だけわければいい問題ではないし、私は、皆さんの意見を伺って、こう言う考えもあるんだなぁと思った次第です。

お互いを否定しあうだけじゃなく理解しあえれば、素敵なことだと思うんですが、難しいですね…。

もちろん、動物の権利はどんどん侵害されてしまい…待ったなしなんですが…

ベジタリアンにも種類がある、動物愛護にもいろんな立場があると知ったので…まず、相手側にも色んな価値観がある上で、そこを理解して責めてくことも必要かなと…

もちろん皆さんは、活動家ではないので…
そんなことを、する義務はないんですが…

おせっかいながら、若干中立的な立場で、ちょっとコメントさせて頂きました…
見解などに間違いがあったら申し訳ありません。

長文読んで頂きありがとうございます。
皆さんのことを、少しずつ理解できるように…私なりに調べてみますね。

2010年10月03日 20:21

言われていること、分かります。
というのは、確かに、アニマルライツと言ったところで、最終目標はそこかと思うのですが、食事については肉食があたりまえの今、ピンとこない人が多いと思うのです。

なので、物事には順序があるという考えです。実際、どこの国でもそうだったわけで。現在日本では犬猫が家族化し、殺処分が減り、次の動物愛護法改正のための委員会でも、保健所での殺処分をどうしていくのかについて話し合われることになっています。動物の権利うんぬんは、まず、この身近な動物に対する命の大切さが認識されることが先なのではないかと思います。この間、保健所での殺処分に関するコミュニティで、「犬猫は護っているけど、牛・豚はどうなの?」と言われて困ったというスレッドが立ちました。豚もミニブタというペットがいます。そのあたりのこともあって、明確な線引きが出来ないためにかなりの議論になっていました。僕個人も、ヴィーガンになったのは、元は捨てられていた現在の愛犬のことがきっかけでしたし、身近な動物への共感からその他の動物利用についても考えることになるのは大いにありえると思います。

あと、毛皮に関してブログで話題にしたときは、「着飾るためだけ」に殺す必要はない、ということは一般にも伝わり、僕は一般の人に理解してもらえるのはそこまでかなと思っております。

日本の食文化に立ち戻ることもそうですね。今現在、健康という意味で、欧米から日本の元々の食文化が評価されたり(これもなんだか皮肉な話であるが)、日本でもマクロビが流行ったりしてますね。

今現在の状態で、日本の人に動物の利用の是非を「食についても問う」というのは時期尚早だと僕も思います。もちろん、みりさんなどのやり方を否定しているのではないです。僕個人はこういう方々がいたからこそ、最終目標としてはそれだと共感することが出来たのですから。こういう方々がいないと、精神的には孤独でした。

日本でも、元々は犬畜生・猫害獣だった時代があったわけで、今はそんなこと言う人がむしろ少数(年寄りには時々いる)ですし、その頃からすると、犬猫は家族というところまで認識が変わってきているわけです。確実に日本人の動物に対する意識は変わりつつあると思います。

ご理解いただき、冷静な立場で意見していただき、嬉しく思いました。
ありがとうございました。

2010年10月04日 00:08


>空さんは、恥ずべき文化とおっしゃいましたが…
>当時資源が乏しく流通が整わない地域では、自己保存のため必要な行為だったのだろうと思います。
>右寄りな人たちは、土地の人々にはそれが生活に必要であると信じて疑いません。

過去においては自己保存に必要であったとは思いますが、フィットネスクラブが必要なぐらい飽食の現代ではそうだとはいえません。だから、現代では恥ずべき文化だといえるわけです。

さらに、過去においての日本の食文化は、ほぼ、ぺスコ・ベジタリアンと呼ぶのが一番適切であろうと思います。
牛豚食はどう見ても西欧からの文化的侵略です。だから『「クジラ・イルカ」を殺すなと言うなら、「牛豚」はどうなんだ」』という「普遍化可能性の原則(同じようなものは同じように扱え)」に基づく批判は、その批判が(普遍化可能性の原則に基づいているために)、西洋の文化的侵略である牛豚食をしているナショナリストもふくむ人たちからは批判できないわけです。つまり、牛丼や豚肉、ハンバーガーを食っている人が「お前らだって牛豚食っているだろ!」という整合性の取れないことはいえない、つまり、その論法は使えないと言う事です。

さらに、ナショナリストなんだから、西洋による文化的侵略である牛豚食とそれを広めている畜産農家こそが、西洋の日本に対する文化的侵略の協力者であるわけですから、そこを批判するべきだと言う事になると思います。

どちらにせよ、整合性のある批判を行おうとするのであれば、菜食主義者でしか、西欧のクジラ・イルカへの批判に反論を加えることは出来ないということだと思います。

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