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大学の動物実験

2010.12.03(10:32)

日本の5つの大学の動物実験の実態が明らかに!
イギリスなどで活動家による日本の動物実験施設の調査です。日本の密室で行なわれている動物実験施設の実態に驚き、公開されたその情報を元に、その事実を確認するために各大学へ質問状を送り、回答を得ました。公開された文章に翻訳文をつけました。写真もありますので、読みたくない方はこのまま HOMEへお戻りください

なお、ARCは違法に大学に侵入したことについて、一切支持いたしませんし、SHACとは協力関係にもありません。
日本の大学の動物実験施設の調査  翻訳ARC(無断での転載を禁止します)  

SHAC EXPOSES THE JAPANESE RESEARCH INDUSTRY
SHACが日本の研究産業を暴露!

2002年3月上旬、新しく作られたSHAC Japanの3人の活動家が、ある目的をもってヒースロー空港から出発しました。:スキャンダラスな研究所HUNTINGDON LIFE SCIENCESに彼らが関わっているため、日本の動物実験産業を暴露すること:以下の報告は調査員の一人によるものである。

私たちが日本についたとき、私たちは準備段階は終わり、本格的に活動を開始した。私たちは、行く場所、はいる手段を得ようとする場所も決まっており、妨げるものは何もなかった。


日本滞在の最後に、広範囲の種の動物が実験のために使われているとわかった。霊長類、ビーグル犬や雑種犬、ラビット、ヒツジ、豚、マウス、ラットを含む。これらの全ての動物たちが語るべき独自の物語を持っている。一度あなたがあなた自身の目で彼らを見たら、もう決して忘れられないだろう。数頭の動物の顔は、永遠に私に付きまとうだろう。彼らを思うと他の全てのことが無意味になるほど彼らの哀れな生涯は、とても恐ろしいものである。



大阪に近い関西医科大学に収容されていることだけで、これらの動物には不運なことだった。この建物は地元の病院のまさに反対側にあり、歩道と通路でつながっていた。セキュリティーを通り、私たちのリサーチで動物たちがいるという地下室へ入る手段をとった。動物の排泄物の悪臭と、施設クリーニングの液体がはっきりと臭った。入り口で白いコートとマスクをしたドクターに話し掛けられた。ここは嘘の話が完璧に機能するかどうかの初めてのテストだった。彼は私たちが HuntingdonLifeSciencesから来たと言うことを信じ、霊長類施設を喜んで案内した。霊長類は骨髄の実験に使われていた。彼は Huntingdonに行ったことがあり、そこで見たその施設と実験は、大阪のものと似ていると言った。積み重なったケージはぞっとするもので、悲しくて、ベトナムから輸入されたCYNOMULGU猿は完全に発狂していた。数頭の猿は小さな不毛のケージをぐるぐるまわり、ある猿は既に毛が抜けてしまった体を半狂乱でかきむしっていた。別の猿たちは、恐怖におののき、ケージの反対側の角に隠れようとした。彼らは恐くて固まっていた。


この部屋の最後に、他の猿よりもとても大きな猿がいた。彼女は座り込み、無表情に宙をとても静かに見つめていた。私たちはドクターに、彼女は7歳以上であると言われた。実験に彼女を使うことはやめ、ただ笑うためだけに彼女を残すと決めたという。彼はなんてでぶでバカなんだと言って彼女の顔を笑い飛ばした。ドクターは彼らが薬を与えるために猿を鎮圧するために使う方法を見せようと決めた。彼はその7歳の老ザルを振り返り、彼女のケージの両サイドにある2つのハンドルを彼の方にぐいと引っ張った。これは彼女が上面に押しつぶされるまで背後にケージの後ろの金属製の棒が押し出す。彼女は甲高いすさまじい叫び声を上げた。彼は彼女を放して笑い、「お前の客がHuntingdonにつれかえるぞ」と怒鳴った。



彼女は元の場所に置物のように戻された。彼女は頭をうなだれたが、私は彼女の左の目から涙が落ちるのを見た。



そのドクターはその部屋から私たちを早く出そうとしたが私はもう一度彼女に会いにどうにか戻った。彼女がおし潰されていた間ドクターの隣に立っていた人間は、本当の私ではないんだと彼女になんとかして伝えたいと感じた。私がケージの傍によると、彼女は突然手を伸ばして私の髪の毛を一本引き抜いた。すぐにケージの後ろに引き下がり、狂ったように指に巻きついた新しい関心ごとに夢中になった。私はよかったの悪かったのかわからなかった・・良かったとすれば、彼女は実際今することを得たから、つかの間だとしても日常と退屈から逃れられたし、悪かったとすれば、なんともひどく悲しい彼女の生涯が7年間も続き、さらに彼女が死ぬまで続くのだとわかったことだった。


私は完全に打ちのめされてその部屋を離れ、次の部屋に何があるのか何も覚悟できていなかった。動物たちが収容されたケージは、全て独立しており、部屋の中央と右手側に、床に2列に置かれていた。これらの霊長類はCYNOMULGUS猿よりはるかに大きかった。彼らのケージは他のものよりずっと高さがあるが、それでもサルたちがやっと真っ直ぐに立つことができる程度だった。


あるケージに、大きな霊長類がいた。私は彼の頭を見たときショックを受けた。大きな金属プレートが頭蓋骨にボルトで固定されていた。その装置全体は数インチの厚みがあり、その基部は濃いピンク色に見えるセメントで囲ってあったこの猿は他の猿ほど自由に動くことができなかった。埋め込まれた装置の根元を断続的に緩やかにつつき、明らかに不快で左右に頭を振っていた。装置の重さで猿は前に身をかがめているようだった。彼はケージの後方から上部を通して、大きな心配そうな瞳でこちらをじっと見つめていた。


部屋を出ようとしたとき、隅にある別のケージに気がついた。この猿もまた、金属装置を埋め込まれていたが、ケージの後方の暗がりに隠れていた。彼は腕を伸ばし、手をケージのドアのバーをくぐらせ、ドアの南京錠をひねったり回したりしていた。



東京の順天堂大学で、かつてないほどのショックを受けた。私たちは一月の事前調査でこの施設が屋上の、ビルに囲まれた、病院の向かいにあることを知っていた。また、一月には監視の元で安全を保つために時間を費やし、このことは、無効になったとき、計り知れないほど重要であることを立証した。屋上には、育ちのいい雑書の犬が収容された犬舎列が並んでいた。彼らはかつてはペットで、保健所(日本の犬の収容所と同意義)から連れてこられていた。みんなコンクリートの犬舎の壁につながれていた。犬舎のウラは真っ暗だった。これが犬を見ることができた場所の全てだ。見ることができた全ての犬は毛と糞便が固まり、犬舎の前に来た2頭の犬になんとか触ることができた。彼らはやせ細っていた。毛は完全に絡み合ったり塊に引っかかったりしていた。私たちに向かって吠えようとしたがちっぽけなかすれた泣き声以外はでなかった。みんな声帯除去をされていた。


犬舎の最後にぽつんと1頭の羊がいた。とても大きく住んでいるすべてのスペースがいっぱいだった。こちらも床は汚れていた。


犬舎の列の向かいに、動物を収容するために立てられた分岐したユニットがあった。このビルは医学学校の5階から来られるようになっている。私たちは警備員に止められたが、HLSの名前の入った身分証とハンチントンセキュリテーパスを見せると、かれは納得し、建物を一通り案内までしてくれた。私たちはどこでも入れるという核心を十分に再確認した。5階を通っている間に、医学生のグループとすれ違った。日本のどこの研究施設も入ることができるという自信があったので堂々と、会話の中で英国ケンブリッジシャー州のHLSからきたと説明すること彼らに話をすると決めた。彼らの数人は少し戸惑っていたようで、ハンチントンは閉鎖されたと日本のメディアから説明を受けたと言った。私たちは、まだこれからだと思った。
私たちは彼らと別れ、目的の場所に進んだ。この建物は基本的に3つの部屋に分かれている。中央の部屋は手術代と用具がしまわれていた。この部屋の裏にある2つの部屋は犬が収容されていた。



私たちが入ったはじめの部屋は両サイドにケージが積み重なっていた。2段につ並んでいた。片方の列の上のケージには全て幼いビーグルの仔犬が収容されていた。見んな手術の跡があった。ほとんどは頭のてっぺんに切り口があり、縫い合わせてあったが10cmもの「探り針」が刺さっているほど多くな穴が残っていた。この探り針の目的は全くわからないが、明らかに、動物の頭に深く刺さっていた。突き出た部分は犬にとって危険で不快のものだ。もしぐるぐる回ったりジャンプしたりしたら、ケージのバーに引っかかってしまうだろう。探り針周辺の皮膚がわずかに切れても痛みで苦しむだろう


数頭のビーグルは背中の大部分を剃られていた。背中の真ん中に大きな血の傷跡があった。彼らはまだ若いのに、後ろ足で体重を支えることができず、疲れきった体は背が曲がっていた。次第に足腰が立たないようになってしまったようだった。不快な床に立つことが難しいと気付いていた。彼らはすべって転び、かなりうろたえ、ぶざまだった。私はこの犬たちがまだ仔犬で意外なことにも遊んだことすらない犬がいる事に気がついた。私は彼らはおそらく決して遊び戯れることもないだろうと思った。彼らの短い一生はもうすぐ終わり、彼らは檻の中の生活しか知らない事になるのだ。


ビーグルの正面側には雑種の犬がいた。上段の最後にはかろうじて生きているだけの犬がいた。その小さな茶色の犬は、頭からつま先までコントロールが聞かないように震えていた。彼は人に怯えきっていた。すべての骨が浮いて見えるほど痩せこけていた。小さく丸まったまま固まって見たこともないほど恐れおののいた目でじっと私たちを見つめていた。恐ろしさのあまり、長に変調をきたしてたった今もらしてしまった糞の上に座り込んだ。わたしは彼のあごの下にワイヤーが突き出している事に気がついた。正面のビーグルと似ていたが、より小さかった。


私は長い間この犬から目をそらすことができなかった。彼を助けたかったが手を伸ばしたり話し掛けたり見つめたりすることは彼を恐がらせるだけだった。


隣の部屋にはもっと大きく、こちらも犬でいっぱいだった。特に一頭の犬が私の目を捕らえた。彼女が友達の犬に似ていたからだ。美しい顔で長い白い毛をした大きな犬だ。彼女のは鼻をケージのドアのバーから突き出していて、黒い目はほぼ緊張型精神分裂症だった。頭と首周りの毛は全て固まって垂れ下がっていた。体をずっと左右に揺さぶっていた。今日からではないにしても精神的異常をきたしているためだ。生まれつきなのか、単にこの場所での生活の結果狂ってしまったのか自問した。彼女は年をってって見えた。生気がなく、反応もなく、命の印さえ残されていなかった。日本の実験室が彼女から全てを奪ったのだ。




大阪府立大学で、広い大学構内から離れたところにあるある建物に興味を持った。建物の外壁に沿って、大きな開いた檻があった。糞尿に覆われていた。その檻の後ろに古くてさびついたケージが2列あった。床が体重でゆがんだケージに成犬のビーグルが収容されていた。その中の1頭は妊娠しお産は間近で、別の犬は彼女の小さなケージの中をぐるぐる回って太陽の熱にあえいでいた。このケージは小さく不毛で、最低限動物に必要な物すら与える配慮もなかった。ビルの中はもっと小さなさびついたケージが並んでいた。


このビルの反対側には両側にケージが積み重ねてある大きな部屋がある内部にあった。あるビーグルはとても年をっ取っているようだった。彼の目は濡れていて、舌が垂れ、体が痙攣したり震えたりし、左右に頭を動かすことさえできないようだった。一切感情を見せず、この悲しい場所にただじっとしているだけだった。


その近くのケージのなかの光景も全く心を乱されるものでした。母親は明らかにこのケージで出産し、そのまま残されていた。既に子犬は成長しきっているのに、だれも個別のケージにうつそうとは思ってはおらず、みんなと一緒に同じケージに残す事になっていた。7頭の犬が一つのケージにいれられ、みんなわたしたちを見たらドアに体を押し付け、鼻をメッシュのドアに押し付け、小さなスペースを奪い合い、注意を飛行としました。このケージは明らかに他の1頭用のケージと同じサイズだ。調査でこの仔犬たちを監視することを決め、金曜の朝から週明けの月曜の午後まで監視し続けた。その間、誰一人、動物の状態を確かめにこなかった。犬が病気になっても、衰弱するままにされるのだろう。



大阪大学は、大阪病院と大阪医科大学の敷地内にある。敷地内の主要道路の傍に、大きなレンガ造りの金属メッシュの屋根の建物がある。中には大きな檻があり、いろいろな世代の霊長類が収容されており、何頭か新生児もいた。私たちを見ると、母親は彼らの体を引き寄せ、急いで逃げ隠れた。


隣の小さな建物を調査すると、なぜ動物たちがそんなに恐がっているのかがわかった。あいていた脇の窓からこの建物に入った。中には主にコンピューターやモニターやファイルが置いてあった。調べてみると、この部では神経損傷の研究が行なわれており、ビデオにとっているであろう事がわかった。一人が外に待機し、中の一人と無線で連絡を取り合った。2時間以上建物を探した結果、ようやく動物の名前と彼らにつけられたナンバーのテープを発見した。このテープをダビングするために借りる事にし、終わったら元の位置に戻した。大型霊長類、リスザル、ワラビーを含む幅広いし範囲の動物を使った実験が映し出されていた。動物たちは心拍数を図るためにたくさんの装置をつけられていた。何頭かの動物は、背中にもっと大きな装置が取り付けられていた。同じ場所に全て取り付けた包帯のしたから見える大きな金属製の箱からワイヤーが突き出ていた。


実験で、動物はいつも床に沿って歩かされたり、水平や対角の足場のパイプに登らされるものだった。私たちが見たビデオテープのなかで何時間も何時間も私たちは全ての動物が’実験者’に虐待され続けているところを目撃しました。ある大きな霊長類は、これ以上歩くことを拒否すると、強く蹴り飛ばされ、顔を連打された。彼は床にうずくまっていた事実は、虐待者にとって全くどうでもよかった。他の猿たちは、恐怖で完全に凍りついている間、引き綱で中に放り投げ、床を引きずられた。


全ての動物が精神的ダメージを受けていることは明らかだった。彼らは繰り返される実験を何時間も耐え、なんの敬意を払われることもなくあつかれた。私たちはこの実験が何年も続けられていることを、テープのデータから知ることができた。この大学の動物たちは、ある建物で育てられ、隣のビルに連れて行かれ、時には何年も苦しみに耐え、そして殺される。


http://www.nomoreanimaltests.com/uni/より
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